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自分の道を、まっすぐ進む
綾町移住者インタビュー
〈関 康博さん〉
2月某日。綾町にある畑に足を踏み入れると、虫に食べられてところどころ穴が空いたキャベツが目に入る。畑の持ち主である関さんが外葉をめくってみせると、まっさらで美しく、朝露をまとって輝く“緑玉”が現れる。
「他県の農業団体が視察に訪れた際、『こんなに虫にやられたら、もうダメですよね』と言われました。でも正直これくらい、なんてことない。その後もきちんと成長して、無事出荷できましたよ。野菜は本来、強いんです」
関さんは瞳を輝かせて言い切る。
綾町産の野菜は個性が強く、それ自体がとても風味豊かで味が濃い。みずみずしいだけではない、一口でわかるその違いが全国から人を呼び寄せ、魅了する。
関さんもまさしくその一人だった。
関さんが農業の世界に足を踏み入れるまでには、独自のストーリーがある。
建設会社で働いていた関さんは、国内外の現場を飛び回る生活を送っていた。早朝から夜遅くまで現場管理や書類作成に奮闘する日々の中で、目に留まったのは、遊休地となった田んぼに工事重機が入る光景だった。
社会インフラを支える仕事に誇りを持ちつつも、果たして「食べ物を育む場所を壊してまで、やるべきことなのか」と、自問する日々がはじまる。
農業従事者の高齢化や後継者不足などの現状を知るにつれ、「日本の農業の力になりたい」という使命感にも似た想いが募っていった。
幼い頃は鼻血が出るまでジグソーパズルに熱中し親を心配させたりと、とにかく好きなことには無我夢中で取り組む性格。30歳を迎えた当時もそれは変わらず、まっすぐ自分のやりたいことに向かい、歩みを止めなかった。
「建築業から農業へ。周囲から『すごい方向転換だね』と驚かれるんですけど、進む方向を変えたつもりはまったくなくて。僕からすると、ただまっすぐ進んだ先に、建設があり、農業があった。それだけなんです」
しかしその中でもなぜ、有機農業なのか?
関さんに問うと、「農薬について、よく知らなかったからです」とシンプルな答えが返ってきた。
農薬がどれだけ危険か、はたまた安全か、自分にはわからない。
そもそも“安全”とは何をもって認識されるのか。
国が定めた安全基準を満たしていたとしても、科学の進歩や分析精度の向上により、その危険性や世代を超えた影響が後に判明する可能性は否定できないのでは、とも考えた。自分にできる最大の安全管理は、農薬使用により起こりうるリスクを最小限に抑えること。つまり使用しないことだ。
「作るからには大切な人にも安心して食べさせることができるものを」という想いが、自然と関さんを有機農業と結びつけたのだった。
有機農業の先進地、綾町へ
「農業がやりたい」と前職の上司に話したところ、「まずは週末だけ農業を体験してみて、それでも気持ちが変わらなければ辞めればいい」と、農業大国・宮崎県の北東部に位置する日向市の現場で働けるよう配慮してくれた。当時、綾町にある『綾・早川農苑』がタイミングよくインターンシップ生を受け入れており、関さんはすぐさま飛び込んだ。それが、綾町との初めての出合いだった。
結局、建設業10年のキャリアを締めくくった関さんは、綾町に移住。同農苑で本格的な農業研修を開始し、2年4ヶ月後に独立就農を果たした。農地や農業機械もスムーズに確保することができ、2018年に前職を退いてからほとんど空白の時間を設けることなく就農に漕ぎつけた。すべてが単にタイミングに恵まれているように見えて、巡ってきた好機を決して逃さない“思い立ったら即行動”の精神が、それを叶えているのだろう。
自然の底力を信じる
農薬や化学肥料に頼らない農法に取り組んで5年、関さんは気づいたことがある。
「虫たちの仕事は分解者であること。しかし、同じ畑にある野菜でも、虫の被害に遭うものと遭わないものがある。また、虫はついているが野菜を食べているわけではなく、ただそこにいるだけという光景を何度も目にしました。
不思議に思い、よく観察してみた結果、『元気な野菜は攻撃せず、免疫力が弱っている野菜だけを狙っているのではないか』という仮説に行き着いたのです。
それなら、虫に負けないような“強い野菜”をつくればいい、と思いました」
強い野菜はどうすれば育つのか。その答えは、自然の中にあるようだ。
「ざっくり言うと『野菜や微生物の仕事を奪わないこと』だと思います。土にあれこれと投入してしまうと、“彼ら”が本来持つ生命のサイクルや役割に水を差すことになり、混乱が生じます。『気にはかけても手をかけないこと』が、大切なのかもしれません。
非科学的ですが、これが僕の向き合い方です」
この農法が成立する理由の一つには、30年以上にわたり自然生態系農業に取り組んできた綾町の土そのものが強く、健康に保たれていることもあるだろう。
まちに深く根付いた自然の摂理へのリスペクトは、関さんにもまっすぐに受け継がれているようだった。
自然の力を信じ、恵みを受ける。
当然収量が安定しないリスクもあるが、それを補って余りある成果は、安全性もさることながら、何より野菜の美味しさに顕著に現れる。
(関さんが規格外のニンジンをトラックの荷台に積み、「一袋に詰め放題」200円で販売していたものを取材に訪れたライターが購入。よく洗って泥を落とし、生でかじりつくと、その甘さに驚愕する。キズがあり形が悪くても、味の良さは抜きん出ている)
関さんがつくる野菜は、町内の販売店に並ぶだけでなく、ECサイト等を通じて全国に届けられる。口コミの評判も上々で、ファンを着実に増やしている最中だ。今後は収量をさらに増やすため、農地拡大に向けて動いていく予定だと言う。
関さんという最強の伝道師を得た今、綾町の野菜がもたらす感動の輪は、今後ますます広がっていくことだろう。