得たものは、癒しの日常と新たな絆

[“ご近所さん”とのつながり]

得たものは、癒しの日常と新たな絆


綾町移住者インタビュー
写真左から 〈小川 恵(めぐみ)さん・歩(あゆむ)さん〉


『綾手づくりほんものセンター』でお弁当を選び、木陰で気ままにピクニック。風にそよぐ草花の音や鳥のさえずりに耳をすませながら、人目を気にすることなくのんびりとまどろむ──。
10年前の小川家は、そんな穏やかな時間を過ごすことを楽しみに、週末ごとに宮崎市にある自宅から綾町に通っていた。
中心市街地にほど近く、便利で住みよいものの、建物が密集した環境に少しだけ息苦しさを感じていた当時。いつしか夫婦は理想の環境を求めて移住を検討するようになった。そして、綾町はもちろんその候補に上がった。
良い物件がないかと探していたところ、たまたま出合った中古の一軒家に「ここ、いいね」と二人の意見が一致。まちの南側を流れる綾南川(本庄川)と山々に挟まれた家で、窓からは青々とした森が臨める。
夫婦はすっかり心を掴まれ、2014年、長女の湊(みなと)さんと3人で移住を果たした。

夏は自宅で水着に着替え、すぐそばの川で水遊び。湊さんはスポーツ少年団に入り、『綾馬事公苑』で乗馬を楽しんだ。自然が身近となった移住後の暮らしは、小川家にこれまでにない体験を数多くもたらした。そして何より、日常における心のゆとりが生まれたことが大きな収穫だった。
「“旅行”って、日常から離れて癒しを求めに行くものじゃないですか。でも、いつも行き先に迷ってしまうんですよ。このまちより癒されるところは、今のところ見つかっていませんから」


“ご近所さん”とのつながり

のびのびとした田舎暮らしを満喫する小川家が、移住当初、唯一意外に感じたことがある。それは、“人との繋がりの濃さ”だった。
「世帯数が少なく家と家が離れているため、近隣住民との関係は希薄かと思いきや、まったくそんなことはありませんでした。
町内で催しが開かれたり、公民館で会合や飲み会があったりと、何かと顔を合わせる機会が多いことを、地区の回覧板で徐々に知ることになりました。
それまではアパート暮らしで、ご近所さんの存在や地域のイベントとはほとんど無縁の生活でしたから、かなり新鮮でしたね。僕も妻も人付き合いを億劫に感じる性格ではなかったので、『こういうの、面白いね』と純粋に楽しむ気持ちの方が大きかったです。うちは子どもが一人。町内に身内もいないので、『頼れる人ができたらいいな』という期待も少しありました。
催しがあるたびに家族で出向き、顔を覚えてもらって。そうしていくと案外、コミュニティに溶け込むのにそう時間はかかりませんでしたね」


(公民館で開かれる飲み会の様子。気心知れた者同士が集まる憩いの時間)


(町民が楽しみにしている10月の恒例イベント『綾の花火大会』。近所の方と一緒に、秋風を感じながら広い夜空に咲く大輪を観賞)


数々の自治公民館活動に参加してきた恵さんが、中でも「かなり印象的だった」と話してくれたのは、迎春の恒例行事。
「元日の暗いうちに集まって、公民館の最寄りの神社に初詣。そのあとはみんなで焼肉やお酒を楽しみながら日の出を待ちます。そしていよいよ日が昇ったら、年男と年女が前に出て童謡『一月一日』を歌うんです。毎年使っているであろう歌詞が書かれたボードがどこからか取り出されて掲示されて(笑) 今年は私、年女だったので、ちゃんと歌いましたよ!
いつだったか、家族で寝坊してしまった年もありましたが、しっかりモーニングコールがきたのを覚えています(笑)。それだけ、地域のみんなが大切にしている催しなんですよね」


受け継がれる伝統、培われる地元愛

綾町には、22の自治公民館組織が存在しており、景観美化・環境保全活動や生涯学習、さらには伝統芸能の継承など、地域づくりや住民同士の絆づくりに欠かせない役割を担っている。
中でも「伝統芸能の継承」においては、「手踊り」「棒踊り」「俵踊り」など、地区ごとに異なる芸能が受け継がれており、毎年11月、各地区が輪番制で披露する場が設けられる。
移住者である小川さんご家族も、歩さんは俵踊りの舞手として、恵さんは三味線の奏者として、数年前にその舞台に立った。
順番が回ってくるのは、数年に一回。地域住民が誇りとする芸能を披露する貴重な機会であるため気合いは並々ならぬもので、本番のおよそ3ヶ月前からほぼ毎晩公民館に集まり、さながら部活動のように熱心な練習が重ねられる。


ステージに立たない湊さんも、かつて使われていた子供用の衣装をまとい、さらにお化粧まで施されて、大人たちに引けを取らない完全装備で参加。かくして小川家は、親子3人そろって晴れの舞台を盛り上げることができた。
子どもも大人も関係なく地域住民が一丸となって何かに取り組む光景は、綾町では珍しくない。町民の“地元愛”が強いといわれるのは、そういった経験で愛着が培われていくからに違いない。


まるで、家族が増えたよう

地域住民は、古くから顔見知りという人が多い。
「お互いをあだ名で呼び合ったり、時には喧嘩したり。はたから見ると、もう家族同然なんです。僕は新入りだからか長いこと苗字で呼ばれていたけれど、最近『あゆむ』と呼ばれるようになり、嬉しかったですね」
「親戚のおじちゃん、おばちゃん」のような身近さで、いつも気にかけ、可愛がってくれる地域住民に支えられ、移住10年目の年を迎えた小川さんご家族。

2020年から日本国内で猛威をふるった新型コロナウイルスの影響で、自治公民館活動を休止せざるを得ない時期を乗り越えた今、「当たり前に親しんできた地域の人との交流が突然パッタリ失われてしまって、『これでは移住した意味がない』とすら思えるほど、寂しく感じました」と振り返る。
予想外に得たものが、いつの間にか暮らしの中核に。
小川家の定住物語は、“人と人の絆”なくしては語ることはできないものだった。



得たものは、癒しの日常と新たな絆

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